山雷頤
さんらいい

何を取り入れ、何で自分を養うかが問われる時

「頤(い)」は口やあごをかたどった字で、「養う」という意味を持っています。

今のあなたの周りには、何を食べ、何を口にし、誰と過ごし、どんな情報や言葉を取り込むか——つまり自分の心と体を、何でどう養っていくかが、静かに問われている空気が流れているようです。

体調を整え直している時、生活や習慣を見直している時、誰か(後輩・子ども・チーム)を育てている時、あるいは「自分は何に頼って生きているんだろう」と感じている時に、この卦はよく出ます。

ただ、その「養い」が自分を健やかに育てるものになるか、それとも欲や甘えに流れて自分を損なうものになるかは、あなたが今どの段階にいるかで変わってくるんです。

だから、この先の「今いる段階」が、いちばんの答えになりますよ。

あなたが今いる段階

上九(じょうきゅう) ― いちばん最後の段階

ひとことで言うと
あなたが、みんなを養う側になる段階。重いけれど、報われる時です。
今は、こんな時
これまでの流れが行き着いて、今度はあなた自身が、周りの人たちが頼る「養いの源」になっている——そんな局面です。チームや家族があなたを当てにしている、あなたの判断や働きが多くの人の暮らしを支えている。責任が重く、気の抜けない立場で、正直しんどさもあるはずです。「自分が支えなきゃ」という重圧を感じていませんか?
とるべき行動
その重さに、まっすぐ向き合っていいと思いますよ。原典は「危ういけれど吉」、そして「大きな川を渡るに利あり」と告げています。つまり今は、責任は重くとも、思い切って大きな挑戦に乗り出していい時。これまで養いを受けてきたぶんを、今度は周りに還元していく——その覚悟が、道を大きく開きます。
気をつけたいこと
ただ、源である自覚が薄れて自分の養いを後回しにしすぎると、いつか枯れてしまいます。人を養う人ほど、自分の心と体のメンテナンスを忘れずに。危うさを越える鍵は、その自己ケアにありますよ。

いまの気がかりを、山雷頤に重ねて、
もう少し、一緒に読み解いてみませんか。

もう一度占う

山雷頤という卦を学ぶ(卦辞・爻辞と六つの段階)