風地観
風地観(ふうちかん)とは、「よく観て、よく観られる。立ち止まって見つめ直す時」を表す卦です。
上卦:巽(風) 下卦:坤(地)
白文觀、盥而不薦、有孚顒若。
書き下し観(かん)は、盥(てあらい)して薦(すす)めず、孚(まこと)有りて顒若(ぎょうじゃく)たり。
現代語訳観の卦は、祭りの初めに手を清めて、まだ供え物をささげていない時のようである。まことがあって、おごそかに仰ぎ見られる。
やさしく読み解くと
今のあなたの周りには、行動で押し切るより、じっくり「観る」ことが大事になる——そんな静かな空気が流れているようです。
物事の全体をよく見渡す、人の生き方をよく見る、そして自分もまた周りから見られている。風が地の上を渡って隅々まで巡るように、広く目を行き届かせる局面ですね。
進むべきか迷っている時、人の上に立って模範を示す立場になった時、自分の生き方をふと見つめ直したくなった時に、この卦はよく出ます。
この卦のもとになっているのは、お祭りで手を清め、まだ供え物を捧げる前の、いちばん心が張りつめた瞬間のイメージです。
まごころを正して、おごそかに整える——その姿勢そのものが、周りに静かに伝わっていく。
そして「観る」と言っても、浅く見るか深く見るか、何を見つめるかは、あなたが今どの段階にいるかで大きく変わります。だから、この先の「今いる段階」が、いちばんの答えになりますよ。
六つの爻辞 ― 段階ごとのことば
卦には、下から上へ六本の「爻(こう)」があります。同じ卦でも、どの爻に注目するかで場面が変わっていく——一つの物語の六つの場面だと思ってください。下から順に見ていきましょう。
初六(しょりく) ― いちばん最初の段階
白文童觀、小人无咎、君子吝。
書き下し童観(どうかん)す。小人(しょうじん)は咎(とが)无く、君子(くんし)は吝(りん)。
やさしく読み解くと
まだ物事を浅くしか見られていない段階かもしれません。立場によっては、それでは少し物足りないんです。
この爻が陰陽反転すると、卦は風雷益(ふうらいえき)に変わります(之卦)。
六二(りくじ)
白文闚觀、利女貞。
書き下し闚観(きかん)す。女(おんな)の貞(てい)に利(よろ)し。
やさしく読み解くと
物事を狭い隙間からのぞくような見方の段階。控えめな立場でなら、それで十分かもしれません。
この爻が陰陽反転すると、卦は風水渙(ふうすいかん)に変わります(之卦)。
六三(りくさん)
白文觀我生、進退。
書き下し我が生(せい)を観て、進退す。
やさしく読み解くと
自分のこれまでの歩みを見つめて、進むか退くかを決める段階のようです。
この爻が陰陽反転すると、卦は風山漸(ふうざんぜん)に変わります(之卦)。
六四(りくし)
白文觀國之光、利用賓于王。
書き下し国の光を観る。用(もっ)て王に賓(ひん)たるに利(よろ)し。
やさしく読み解くと
広い世界の輝きを間近で見て、その中で力を発揮できる段階かもしれません。
この爻が陰陽反転すると、卦は天地否(てんちひ)に変わります(之卦)。
九五(きゅうご)
白文觀我生、君子无咎。
書き下し我が生(せい)を観る。君子なれば咎(とが)无し。
やさしく読み解くと
自分の生き方そのものが問われる段階。誠実であれば、咎められることはありません。
この爻が陰陽反転すると、卦は山地剝(さんちはく)に変わります(之卦)。
上九(じょうきゅう) ― いちばん最後の段階
白文觀其生、君子无咎。
書き下し其の生(せい)を観る。君子なれば咎(とが)无し。
やさしく読み解くと
もう自分のためでなく、人々から見られる存在として在り方を省みる段階。誠実であれば、咎はありません。
この爻が陰陽反転すると、卦は水地比(すいちひ)に変わります(之卦)。
白文は朱熹『周易本義』系の経文(中國哲學書電子化計劃 ctext.org・パブリックドメイン)、書き下し・現代語訳は当サイトによる訓読・訳です。
ここまで読んでくださって、おつかれさまでした。学ぶのもいいですが、易は「自分の問いで引いてみる」と、ぐっと身近になりますよ。
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